優しい母になります

やっと、良いお天気になりました。
気持ちもスッキリします。

次女も少しづつ
学校に行くことに慣れてきて
ネックだったテレビも観ることなく
朝の支度をしています。

全ての支度が終わって
必ず言うのが
「お母さん、下まで送ってきて」

これまで、子供達より
早く出勤するため
見送ることなど、殆どありませんでした。

なので、私が見送らないことには
すっかり慣れているだろう。
私がいなくても
おばあちゃんがいるから
大丈夫だろう。

と、勝手に思い込んでいましたが
やはり、母親に見送られると
安心するんですね。

そして、
普段母親業をやっていない私は
怒らず、優しい母親になろうと
心に決めるのでした。

※そう決意しながら、
毎朝大きな声を張り上げている
バカ母ですが・・・。




さて、本日も杉本さんのメルマガから
  ↓  ↓  ↓


『優しさは伝染する』


私は、「優しさ」が、
人を大きくしていくのだと、
信じているのですが、
そのことをよく学べる実話があります。

少し昔の、アメリカの話ですが、
お読みいただけますでしょうか?

「あるペットショップの店頭に、
『子犬セール中』の札がかけられました。
子犬と聞くと、子どもはたいそう心をそそられるものです。

しばらくすると案の定、
男の子が店に入ってきました。

『おじさん、子犬っていくらするの?』

『そうだな。30ドルから50ドルってところだね』

男の子は、ポケットから小銭をとり出して言いました。

『ぼく、2ドルと37セントしかないんだ。でも見せてくれる?』
 
店のオーナーは思わずほほ笑むと、
奥に向かってピーッと口笛を吹きました。

すると、毛がフカフカで丸々と太った子犬が5匹、
店員の後ろをころがるように出てきたのです。

ところが1匹だけ、足をひきずりながら、
一生懸命ついてくる子犬がいるではありませんか。

『おじさん、あの子犬はどうしたの?』
と男の子は聞きました。

『獣医さんに見てもらったら、
生まれつき足が悪くて、
たぶん一生治らないって言われたんだよ』
と店のオーナーは答えました。
 
ところがそれを聞いた男の子の顔が、
輝き始めたのです。

『ぼく、この子犬がいい。この子犬をちょうだい!』

『坊や、よしたほうがいいよ。
そりゃ、もしどうしてもこの子犬がほしいって言うなら、
ただであげるよ。どうせ売れるわけないから』
と店のオーナーが言うと、
男の子は怒ったようににらみつけました。

『ただでなんかいらないよ。
おじさん、この犬のどこがほかの犬と違うって言うの?
ほかの犬と同じ値段で買うよ。
今2ドル37セント払って、
残りは毎月50セントずつ払うから』
 
その言葉をさえぎるように、
店のオーナーは言いました。

『だって、この子犬は普通の犬みたいに、
走ったりジャンプしたりできないから、
坊やと一緒に遊べないんだよ』
 
これを聞くと、男の子は黙ってズボンのすそをまくり上げました。
ねじれたように曲がった左足には、
大きな金属製のギプスがはめられていました。
 
男の子は、オーナーを見上げて、
優しい声で言いました。

『きっとこの子犬は、
自分の気持ちがわかってくれる友だちがほしいと思うんだ』
(こころのチキンスープ:ダン・クラーク)

いかがでしょうか?

私は、足の悪い犬の友達になってあげたいと思う、
この子の優しさに、
大きな感動を覚えました。

これを読んだときに、
この子のような優しさを身に着けようと、
強く思いました。

優しさに接すると、
その優しさがじんわり自分に伝わってきて、
もらった優しさを、またほかの人に伝えていくのです。

私には、青少年向けのボランティアに携わっている友人がいるのですが、
彼女はいつも、活動に参加する青少年の後ろで微笑みながら、
何か少しでも活動に参加する姿勢を見せた青少年に、
優しく感謝の言葉を伝えています。

そうすると、その青少年たちは、
自分から徐々に、
助けられる側から、
助ける側に変わっていくのです。

愛されていると思うと、
その愛が伝染したように、
自分も、愛を心に持つようになるのです。

育自コンサルタント
−自分を育てるお手伝い−

杉本恵洋





追伸:18日〜22日まで
   マカオと香港に出かけてきます。
   今後の事業に大きく影響する
   セミナー受講のためです。
 
   それでも、海外は10年振り!
   しかも一人で出発なので
   ちょっとドキドキしてます。
 
   役立つことが書けるよう
   しっかり勉強してきます!

お母さんしてます

2週間ほど前から
子供達が学校に行くのを
見送ってから出勤しています。

次女が小学校に上がり
ちょっとぐずったりする日が
続いたためです。

通常は、子供達に朝食を用意し、
おばあちゃんにバトンタッチしてから出勤。

そんな生活を9年続けてきたので
子供達を送り出すまでの
朝の支度は初めてのようなものです。

たった30分ほどの時間ですが
「早くしなさい!!!」
「時計見て! あと、○分しかないよ!!」等々
急かす言葉を使うばかり・・・。

歯磨きをさせて
洋服に着替させて
ハンカチとティッシュを持たせて
靴下をはかせて
玄関まで見送り。

たったこれだけのことですが
終わるとホッとします。

これまでやってくれていた母に
感謝するばかりです。





さて本日は、杉本さんです
↓  ↓  ↓


  『子供を叱る』


「くたくたママが店から戻り、
買い物袋をかかえてキッチンへ入った。

待っていたのは八歳の息子。
弟がやったいたずらを、
しゃべりたくてうずうずしてた。

『ぼくは外で遊んでて、
パパは電話中だったんだ。
そしたらあいつがクレヨンで、
壁に落書きしちゃった。

ママが書斎に貼ったばかりの、
新しい壁紙にだよ。

そんなことしたら、
ママが怒るぞって言っといたよ。』

ママはうめき声をもらして眉を寄せた。
『あの子、いまどこ?』

ママは荷物を下ろして、
決然とした足取りで、
末っ子が隠れたクローゼット目指して、
歩いていった。

部屋に入ったママは、名字をつけて名前を呼んだ。
その意味がわかった末っ子は、
恐しさに震えあがった。

それからの10分間、
ママはわめき、怒鳴りちらした。

あの壁紙は高かったのよ、
せっかくお金を貯めて買ったのに、
元通りにするのはたいへんなんだから。

なんてことしてくれたの、
いたずらにもほどがあるわ。

叱れば叱るほど、
腹の虫がおさまらない。

ママはすっかり取り乱し、
部屋から大またで出ていった。

惨状を確かめようと、
おそるおそる書斎に向かったママ。

壁を見たとたん、目に涙があふれた。

読んだメッセージがダーツのように
心を貫いた。

ハートで囲まれた『ママ、大好き』




その壁紙は、ママが見たときのまま残っている。
まわりに、枠だけの額縁が吊るされて、
ママにとっての、みんなにとっての思い出の品。
ときどき足を止めて眺める、壁の落書き。」

バレリー・コックス
(だれもが奇跡にめぐり逢う~こころのチキンスープ16)




このお母さんの素晴らしいところは、
感情で叱ったことを、反省できたことです。

私が、まだ若いお父さんだった頃、
感情で叱ったまま、子供たちと仲直りを、
しようとしなかった時がありました。

子供たちは、辛かっただろうと思います。

それで、ある時から、子供を叱ろうとする前に、
「子供のやったことはOKではないが、
人間としてはOKなのだ」と、
自分に言い聞かせるように、し始めました。

子供の人格を傷つけることがないように、
子供をしつけることが、
できるようになりたいと思ったのです。

そうすると、子供の間違った行いについては、
率直に、明確に指摘することができて、

子供は、しばらく嫌な思いをしますが、
そのあとで、
「行いは良くなかったが、君は良い子なんだ、

そして、お父さんは君が大好きなんだ」と言うと、
子供も、「お父さん大好きよ」と言って、
抱きついてくれます。

子供たちは、叱られたことを恨みに思うのではなく、
自分のやったことを、反省してくれるようになります。

でも、もっと驚くことは、
私に対して、小さな子供たちが、
同じことをするようになることです。

休日、だらだらしていて、
家の中の粗大ゴミのようになった私に、
「どれだけ、お母さんの掃除の邪魔になっているかを、
率直に伝え、反省させるために、しばらく間を置いてから、
でも、お父さんを、ゴミみたいに、外に放り出さないからね」
と言ってくれます。

粗大ゴミとして、捨てられなくて、
本当に良かったと思う、
今日この頃です。

育自コンサルタント
自分を育てるお手伝い

杉本恵洋(すぎもと しげひろ)




我が家でも
お姉ちゃんが妹のやったいたずら(?)を
私に報告してくれます。

以前は、よく確認もせず
「なんでそんなことやったのぉ!!!???」と
怒っていましたが
今は、「どうしてそうしたかったの?」と
聞くようにしています。

聞いていると
子供にも色々理由があるのだなと
考えさせられます。

そして、その後は怒らずに
冷静に叱ることができます。

しかし、それで次女のいたずら(?)の
回数が減ったわけではありません。

私の怒りのエネルギーが
減ったことだけが
良かったことなのかもしれません。



追伸

今年のゴールデンウィークは
悪天候のため、遠出はしませんでした。

子供の友達家族とカラオケに行ったり、
その家族の家に子供だけお泊りしたり、
雨の中、東京ゲートブリッジを
車でドライブしたり
満開ではありませんでしたが
根津神社のつつじを見に行ったり。

結構満喫したお休みでした。
何事もなく、ありがたいものです。

ものの見方

GWの中日のせいでしょうか?
道路を走る車の数が少なく
静かな水曜日です。

電話も少ないので
フロントスタッフは
請求業務に集中出来ていて
今日も通常通りに退社できそうです。


明日からの4連休。
実はまだ何も予定を立てていません。
予定はあったのですが
直前に諸事情によりキャンセル。

天気も良く無さそうだし
近くでのんびりしたい私。

しかし、子供達が許してくれないでしょう。

今夜は、どこか空いている宿探しになります。




本日はこちらから
↓ ↓ ↓



「傷つきやすい人は自尊心が低い」

こないだ
心理学の本を読んでいたら
こんな事が書いてあった。

ちょっとした事で
傷ついてしまう事がある。

上司に怒られたとか、
恋人に服が似合わないと
言われたとか、
ニキビができたとか、
なんとか、

そんな、ちょっとした事でも
言われた方にとっては、重く
傷ついてしまう事もある。

ところが言った方にとっては
こういう「ちょっとした事」は
本当にちょっとした事で
どうでもいい事で
ある事が多い。


だから言った本人も
忘れてしまっているような事。


こういう事を言う場合も
言われる場合も
理解しておきたいのは、

「事実はみんな同じではない」

と言う事。

同じ事実を見ても、
人によって
捉え方が全く違う。

「今日は派手だね・・・」

と言った方は
何とも思っていなくても
言われた方にとっては
全く違うように
捉えられているかもしれない。

しかし、
覚えておかなければいけないのは
こういった
ちょっとした事実そのものには
人を傷つける
能力などはない。

また、他人が何と言おうと
他人はあなたの
心の中に入り込んで
あなた自身を
傷つける能力を持っていない。

結局の所、自分自身を
傷つける事ができるのは、
自分自身に他ならない。

自分自身の事実の
捉え方が全てである。

捉え方がその人にとっての
現実そのものとなっている。

他人が自分を
傷つけているように
感じるのは、
その能力をあなた自身が
その人に
与えてしまうからだ。

自分が何かを言うときも、
自分が何かを言われたときも、
この事を常に覚えておこう。

事実は一つではない。

10人いれば、
10通りの事実がある。

相手が捉えた事実は
どんなものなのか?

自分が捉えた事実は
どんなものなのか?

それを心に持っていれば、
傷つく必要のある事実なんて
ほとんどない事が分かるだろう・・・

−小川忠洋




追伸

「私たちは、あるがままを見てるのではなく、
  私たちの、あるがままを見ているのである。」

7つの習慣の中にある、
コヴィー博士のこの言葉に
深い衝撃を受けたことを思い出します。

私が事実だと思っていたことは
単なる私の見方でしかなかった。

私の「思い込み」という
フィルターを通して見ているだけであって
事実ではなかった。


自分では、
ものごとを「客観的」に見ていると
信じていた。

ところが、違っていた。

それは、私の解釈でしかなかった。


そして、このことを知って
人の話に耳を傾けると、
なぜか気持ちが楽になった。

自分と違う意見があるからこそ
別の案や対策が出来たりする。

そうすると、全員が頑張る。

一人でやるより、
ずっと気持ちよく、
目標達成までの道のりが
早くなったような気がする。

瞬発力が欲しい

日曜日は子供たちが行きたい!というので、
「KIDKID」へ行ってきました。
http://www.passaggio.jp/shop/show/45

赤ちゃんから小学校6年生までが対象らしいのですが、
入場している子の90%は幼児です。

小学生は数えるほどしか見当たりません。
その上、うちの子は身体も大きいせいか、
「私たちがここで遊んでもいいのかしらん」と
少々戸惑い気味。
私も小さい子にケガをさせないか心配になります。

それでも、どうしても身体を動かしたいらしく入場。
二人とも自分が遊びたい場所めがけて突進です。

しかし、子供の瞬発力には驚きます。
大きな長方形のトランポリンの上を
行ったり来たりしている時、
「あぁ〜ぶつかりそう!!!」と、思った瞬間、
お互い素早く身を交わしてすり抜けていくんですよね。

最近、動きが遅くなったかなと感じるこの頃。
子供を見習って、瞬発力を取り戻したいと思います。

およそ90分、親子4人で沢山身体を動かし、
夜は主人の39歳の前祝い。

美味しいビールをいただきました!







さて、本日はこちらです。
↓  ↓  ↓



「人生の罠や落とし穴のうち、
自己卑下は、最も克服しがたいものです。

何故ならそれは、自分の手で作られたもので、
日頃の何気なく発する言葉によって
より大きくなっていくのです。

その言葉とは、
『どうせできっこないんだから、
      やっても仕方がない』
と、いうものです。

「自己卑下は、人生のハンドブレーキをひいて、
前進を妨げるのと同じ事です」


自己卑下は、
「自分を愛せない」と、同じ意味ですね。

ですから、
自分を愛せるようになると、
自分を卑下する事は、なくなっていきます。

自分を愛せるようになる方法は、
自分の好きなことを自分にしてあげることです。

誰かに楽しませてもらうのを待つのではなくて、
自分で自分を楽しませてあげるのです。

では、具体的にどんな事をすれば、
自分を楽しませる事ができるのでしょうか?

それにはまず、自由な時間がある時、
さあ、何をして自分を楽しませてあげようか?
って、考えるのです。

小さなことでもいいんです。

今何が飲みたいだろう?

おいしいココアかな?と思えば、
きちんとおいしくココアをつくってあげるんです。

でも最初、何をして自分を楽しませるかを考えるとき、
自分がどうしたいのかが、わからないという方が圧倒的に多いですね。

いかに今まで、自分の心に耳を傾けていなかったか?
という事ですね。

自分は何をしたいのか?を考えるように努力していると、
自分の心の欲求に繋がれるようになってきます。

自分は何をしたいのか?
が、思いつけるようになって来たら、
次は、その思いついた事を楽しくやる事に集中する事です。

例を挙げてみます。

野生のイルカと泳ぐ
ドルフィン・スイムの達人の話:

「はじめて泳ぐ人は、何がなんだかわからず、
イルカと遭遇し、大いに楽しみます。

二回目の方は楽しさを知っていますから、
『イルカよ、来て!』と、強く思うわけです。

その
『一緒に泳ごう!また楽しませて』
という気持ちは、人間のエゴです。

そういった人間のエゴが伝わると、
イルカはけっして近づいてこないんです。

では、どうするかと言えば、
『こんな泳ぎ方しておもしろいッ!』とか、

『下から上を見るとすごくきれいッ!』
というふうに、自己完結した喜びの中に入るのです。

そうやって遊んでいると、
イルカは『なんだ?』と、やってくるらしいのです。

求めてしまうと近づいて来ないけど、
求めないで遊んでいると『一緒に遊ぼう』という感じで、
近づいてくるのです」

小さい事でも、自分で自分を大事にしてあげると、
すごく気分がいいです。

そうやっていると、
「どうせできっこないんだから、やっても仕方がない」
という考え方をしなくなってきます。

そうやって、人生のハンドブレーキをはずして、
前に進み始めるのです。

育自コンサルタント
−自分を育てるお手伝い−

杉本恵洋(すぎもと しげひろ)



PS.実は私も、
人生のハンドブレーキをかけていた1人です。

悪魔との闘い

ソメイヨシノは
今年も私たちを楽しませてくれましね。

会社の前を通る首都高の反対側には
「八重桜」が見事に咲いています。

菜の花もチューリップも今が満開。
ハナミズキも咲き始めました。

これからしばらくは、
花が私たちの目を楽しませてくれますね。
心も和みます。




4月11日は、今年初めに入会した
セミナーズ主催のJVCに参加してきました。

JVCはジョイントベンチャークラブの略です。

会の目的は、名前の通り
「ジョイントベンチャー」

今回は60名ほどの方が集まり
「怒らない技術」「上司学」など
部下指導を中心に教えてくださる
島津良智さんの講演を聞きました。

その後の交流会では、
参加者一人ひとりが
自己紹介と会社の紹介をしまくりました。
(合計4回したと思います)

発足してから数ヶ月ですが、
既に「新しいビジネスを開始した」
方も出ているそうです。

毎月たった5000円の会費で
経営者としての勉強が出来るだけでなく
意識の高い仲間が増えて、
ビジネスの巾が広がり、
ジョイントベンチャーの機会が得られるこのクラブ。
破格と言っても過言ではないでしょう。
(もっと高いところは知っています)


興味がある方は詳細を見られると良いと思います。
そして、一緒に学べると嬉しいです!
http://www.jvclub.jp/


さて、本日はこちらです。
↓ ↓ ↓



おはようございます!
マット・フューリーです。

私は去年の8月、
網膜剥離にかかりニューヨークで
緊急手術を受けました。

今日はそのときの
話をしたいと思います。

手術を終えた私は、
手足を楽にしてベッドの上で
横になっていました。

私は退院後の陽気な気分に
思いを巡らせていました。

ところが、その日の深夜、
悪魔が私の前に現れたのです。



「フューリー、
  お前は自分を
   何様だと思っているんだ?
 
  お前の目はもう二度と
   元のようにならないんだ。

  二度と目が見えなくなるんだ。

  お前にも
   乗り越えられないことがあるんだ。
  
  さあ、事実を受け入れるんだ、
       お前はもう終わったんだ」


と悪魔が言いました。

私はこのような言葉を浴びせられ、
唖然としました。

しかし、悪魔の声は本物でした。

「自分をよく見ろよ、
  言い返すこともできないじゃないか。
  
  お前はいつも偉そうに人に
   強い人間になれと説教しているけど、
    今のお前はとっても哀れだよ。

  ベッドに縛られて
   何もできやしないじゃないか。

  人に世話をしてもらって、
   痛くて薬がないと我慢できないかい? 」

このとき私は恐怖で
身動きが取れなくなりました。

ベッドの上で起き上がっても、
手足が動きませんでした。

悪魔が私の頭を
叩こうとしました。

しかし、私は
悪魔と戦うつもりでした。

そして前に進み、
お尻で悪魔をはじき飛ばし、
悪魔の腕を自分の体から離しました。

悪魔は私の攻撃に
怒りで金切り声をあげました。

私は落ち着きを失わず、
戦っている最中ずっと
深呼吸を続けていました。

すると悪魔は剣を抜き、
私めがけてふりかかりました。

私は彼の攻撃を避けるために
マットレスの上に転げ落ちました。

それから悪魔がまた剣を
私に突き刺そうとしたので、
バスタオルを取って
後ろから彼の顔をかぶせ、
力いっぱい蹴り、
剣を悪魔の手から抜き取りました。

私はもう一度ベッドに横になり、
深呼吸を続け、
気分を落ち着けました。

それから20分後、
別の悪魔が醜い顔を
私の前に現わしました。

悪魔が叫んだり、
うめき声を上げ始めたので、
イマジネーションのパワーを使って
彼と戦いました。

ベッドから起き上がっていても
全然気になりませんでした。
私は想像上の剣を抜き、
悪魔を粉々に切り裂きました。

とても驚いたことに、
最初の悪魔を倒すよりも
簡単に打ちのめすことができました。

私は幻覚を見ていたのではありません。

錯乱状態になっていたのでもありません。
私は完全に正気でした。

こんな話を皆さんにしているのは、
皆さんの周りにも
自己疑心や恐怖や心配などの
悪魔がうろついているからです。

悪魔たちは
あなたに取り憑くチャンスを
虎視眈々とうかがっています。

悪魔たちは人の魂を壊し、
狂わせたくて仕方ないのです。

もちろん、私が戦ったのは
リアルな悪魔ではなく、
想像上の悪魔です。

私はこの悪魔の撃退に
成功しました。

もし誰かに「できない」とか
「不可能」という言葉を言われたら、
今日の話を思い出してください。

そして想像上の武器を取り出して、
あなたに対する侮辱の言葉を
ズタズタに切り刻むのです。

自分を信じられなくなったり、
恐怖を感じても、
心配しなくて大丈夫です。

それらの悪魔は
イマジネーションという武器で
簡単にやっつけてしまうことができます。

あなたを打ち負かすことができるものなど、
あなた自身以外、何もないのです。

だから、あなたが
自分の味方をしている限り、
最大限の人生を送ろうと思っている
自分の中のもう一人の自分と手を取り合って
悪魔を撃退することができるのです。

立ち上がれ!

マット・フューリー





私も毎日悪魔と戦っています。
特に朝、私が起きるのを邪魔し、
私の貴重な時間を奪っていくのです。
明日の朝こそ、
この悪魔を叩きのめしてやります。
プロフィール

Author:遊古堂NET
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